2012年2月から、のらりくらりと始まった子宮筋腫治療の記録(2012年12月に手術を終えました)。
目標は「酒井順子のエッセイ風」にまとめること。
ツライことが多くても、どうにかなる人生=C'est la vie!
2013年8月1日木曜日
老婆心ながらの
イマサラですが、私が手術をなぜ受けることにしたのか書き記しておこうと思います。
端的に言えば、診てもらった3名のDr.全員の意見が一致していたから。
曰く「手術はしたほうがよい」と。
<Dr.X(健康診断してくれた先生)の見解>
「なんでここまで放っておいたの(叱られたT T)!
これは手術になると思うので、手術ができる病院へ紹介状を書きます」
<Dr.T(横浜市民病院の先生)の見解>
「貧血もないし、今困っていることもないから手術しようかどうか迷うところです。
けれども今後、大きくなっていっても小さくなることはありません。
妊娠したとしても切迫流産もありえます。だから手術はしたほうがいいと思うの。
今すぐ(手術)しなくてもいいけど、1年は延ばしたくない」
<Dr.A(言わずと知れた執刀医)の見解>
「子宮筋腫はあるからって必ずしも治療しなきゃいけないものじゃないと思うの。
でもねー、これはさぁー。
こんなモノがお腹の中にあっていいワケがない。だって膀胱がこんなんなっちゃってるし(押しつぶされてた)。
“妊娠”とか“女の人”だからとか関係なく、男の人の体の中にコレだけのモノがあったとしても、僕は採るね」
上記3名の中で、私が最も納得した見解は、もちろんDr.A、ではなくDr.Tでした(ごめんなさーい)。
「迷うけれども、受けたほうがいい」という明確な指針と
「1年は延ばしたくない」というリミットを示してくれた点が妙に響いた。
(だから今でもちゃんと記憶に残っているのです)
そして極め付きのDr.A。
実害があろうとなかろうと、こんなモノをいつまでもお腹の中に置いといちゃダメなのね、と。
(すっごい深刻なはずなのに笑えた)
手術か経過観察か、私に選択権が与えられていたならば、間違いなく経過観察を選んでいたと思います。
だって、「全然具合悪くもないし、病気って感じもしないのに
なんでわざわざ具合悪くなるようなこと(手術)しなきゃなんないの?」という疑問は
常につきまとってましたから。
でもですね、これぞ典型的なシロウト判断。
今まとめ直していて感じたことですが
Dr.Tが1年というリミットを設けたのには、やっぱりそれなりの理由があったと思います。
(どんなスゴ腕でも腹腔鏡はムリになるとか、核出も厳しくなるとか)
そこまでのんびりしていていい状況ではなかったのかなぁ。
と言ったところで、手術まで迷うことなく前向きに進んでいたか。
否ですよ。ご存知のように。
リュープリンが効いて筋腫が半分くらいに小さくなっていたら
「手術はしません」って宣言しようともくろんでたからな。マジメに。
手術1ヶ月前に撮ったMRIを確認するまでは、いや、自己血採るまでは、本当に行きつ戻りつしてました。
迷って迷って、信頼のおけるDr.ととことん話して、最後に自分で決断できたところで
手術を受けられたら理想的だなーなんて、今感じています。
状況に流されまくりながら手術を受けた私の老婆心ということで。
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