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2013年8月1日木曜日

老婆心ながらの


イマサラですが、私が手術をなぜ受けることにしたのか書き記しておこうと思います。

端的に言えば、診てもらった3名のDr.全員の意見が一致していたから。
曰く「手術はしたほうがよい」と。


<Dr.X(健康診断してくれた先生)の見解>
「なんでここまで放っておいたの(叱られたT T)!
これは手術になると思うので、手術ができる病院へ紹介状を書きます」

<Dr.T(横浜市民病院の先生)の見解>
「貧血もないし、今困っていることもないから手術しようかどうか迷うところです。
けれども今後、大きくなっていっても小さくなることはありません。
妊娠したとしても切迫流産もありえます。だから手術はしたほうがいいと思うの。
今すぐ(手術)しなくてもいいけど、1年は延ばしたくない」

<Dr.A(言わずと知れた執刀医)の見解>
「子宮筋腫はあるからって必ずしも治療しなきゃいけないものじゃないと思うの。
でもねー、これはさぁー。
こんなモノがお腹の中にあっていいワケがない。だって膀胱がこんなんなっちゃってるし(押しつぶされてた)。
“妊娠”とか“女の人”だからとか関係なく、男の人の体の中にコレだけのモノがあったとしても、僕は採るね」


上記3名の中で、私が最も納得した見解は、もちろんDr.A、ではなくDr.Tでした(ごめんなさーい)。
「迷うけれども、受けたほうがいい」という明確な指針と
「1年は延ばしたくない」というリミットを示してくれた点が妙に響いた。
(だから今でもちゃんと記憶に残っているのです)

そして極め付きのDr.A。
実害があろうとなかろうと、こんなモノをいつまでもお腹の中に置いといちゃダメなのね、と。
(すっごい深刻なはずなのに笑えた)

手術か経過観察か、私に選択権が与えられていたならば、間違いなく経過観察を選んでいたと思います。
だって、「全然具合悪くもないし、病気って感じもしないのに
なんでわざわざ具合悪くなるようなこと(手術)しなきゃなんないの?」という疑問は
常につきまとってましたから。
でもですね、これぞ典型的なシロウト判断。

今まとめ直していて感じたことですが
Dr.Tが1年というリミットを設けたのには、やっぱりそれなりの理由があったと思います。
(どんなスゴ腕でも腹腔鏡はムリになるとか、核出も厳しくなるとか)
そこまでのんびりしていていい状況ではなかったのかなぁ。

と言ったところで、手術まで迷うことなく前向きに進んでいたか。
否ですよ。ご存知のように。
リュープリンが効いて筋腫が半分くらいに小さくなっていたら
「手術はしません」って宣言しようともくろんでたからな。マジメに。
手術1ヶ月前に撮ったMRIを確認するまでは、いや、自己血採るまでは、本当に行きつ戻りつしてました。

迷って迷って、信頼のおけるDr.ととことん話して、最後に自分で決断できたところで
手術を受けられたら理想的だなーなんて、今感じています。
状況に流されまくりながら手術を受けた私の老婆心ということで。

2013年5月1日水曜日

治療費いくらでしょう

「子宮筋腫」をネット検索すると、「手術 費用」というワードが目につきます。
そうですよね。気になります、一体どれだけかかるのか。時間もお金も。

医療保険にな~んにも入ってなかった私は、いきなり「手術になると思う」と告げられ
もちろん体のことも心配でしたが、先立つものの心配も相当なものでした。
「あぁ、ホントに備えあれば憂いなしだよ……」と。

けれども、そう悲観しなくても大丈夫でした。
Dr.Aは無駄な通院を極力抑えてくれましたし、川崎病院はかなりリーズナブルなお値段な気がします。
(Dr.Aの技術を考えたら、すばらしいコストパフォーマンスなんじゃ……^ ^ v)
そして、会社で加入している健康保険がほどほどに手厚く補助してくれました。



 通院回数 通院日 診察内容 病院 お会計
 1 2012/2/28 婦人科外来(超音波検査/腫瘍マーカー検査) 横浜市立市民病院 5,040
 2 2012/3/10 MRI(1回目) 横浜市立市民病院 6,240
 3 2012/3/27 婦人科外来 横浜市立市民病院 210
 4 2012/4/24 婦人科外来(紹介状/データ作成) 横浜市立市民病院 960
 5 2012/4/25 婦人科外来 川崎市立川崎病院 2,160
 6 2012/5/2 婦人科外来(手術外来) 川崎市立川崎病院 210
 7 2012/8/7 婦人科外来 川崎市立川崎病院 210
 8 2012/8/28 リュープリン注射(1回目) 川崎市立川崎病院 9,620
 9 2012/9/25 リュープリン注射(2回目) 川崎市立川崎病院 9,620
 10 2012/10/30 リュープリン注射(3回目) 川崎市立川崎病院 9,620
 11 2012/11/20 婦人科外来(MRI2回目/リュープリン4回目/術前検査) 川崎市立川崎病院 19,580
 2012/11/20 フェロミア処方 川崎市立川崎病院 610
 12 2012/11/22 自己血輸血(1回目) 川崎市立川崎病院 1,710
 13 2012/11/27 婦人科外来 川崎市立川崎病院 210
 14 2012/12/3 自己血輸血(2回目/血液検査) 川崎市立川崎病院 2,250
 15 2012/12/14 婦人科入院・手術(腹腔鏡下補助核出術/5泊6日/大部屋) 川崎市立川崎病院 88,210
 16 2012/12/25 婦人科外来(血液検査/超音波検査) 川崎市立川崎病院 1,800
 合計金額 ¥158,260
 一部負担還元金* ¥-62,200
 実費負担 ¥96,060

*一部負担還元金とは、会社の健康保険組合から還ってきたおカネです(仕組みがよく分からない)。
正確には、11月分の医療費に対して2,100円、12月分の医療費に対して60,100円の還付なので
実質的な手術・入院費は約28,110円ってことになります。

2013年3月14日木曜日

入院よもやま話 ~Dr.編~

イマサラ感がもくもくしていますが、勢いでいっちゃいます(長いです。ごめんなさい)。

川崎病院での通院~入院~手術時、一番お世話になったのは間違いなくDr.Aなのですが
他にも3名の女性Dr.をはじめ、多くのDr.に支えられたのでした。なんて幸せ者。

テイラーさん
Dr.Q(本名はK):目力がハンパない、できる感じの美人です。
Dr.Qがいなければ、800mlの貯血は無理だった=腹腔鏡はできなかったかも。
ホントに感謝です!
病状(現状)説明も簡潔で分かりやすい。Dr.Aをすごく尊敬している感じがしました。
キレ者には間違いありませんが、ちょっとギャルっぽい感じも残しつつ……。

(ばっちりメイクのせいか、テイラー・モンセンっぽいんだよな)

Dr.L(本名はE):察するに、後期臨床研修医だと思われます。自己血の1回目を担当。
手術に立ち会い(予想外)、手術直後に病室に来てくれた(予想外)Dr.L。
エレベーターやコンビニでDr.Lに出くわしたという母は(なぜそんなに会うのか?)
「ものっスゴイ颯爽としていて、動きが機敏なの」と感心してました。

私よりも若いでしょうけど、外来もこなせそうなほど、とってもしっかりしたDr.でした。

Dr.K(本名同じ):多分、初期臨床研修医。自己血の2回目を担当(←貯血担当するの初めてだったぽい)
「すんごい勉強できるんだろうな~」という印象で(KOだしね)
説明も受け答えも、よどみなくこなされていました(若干メルヘンな雰囲気もあったり……)
。
身長が私とそう変わらない感じだったし、若いし、Dr.Kが一番質問(話)しやすかったかも。
まぁ、穿刺の経験はこれから積んでいただければ、言うことなさそうです(笑)。


忘れられないのは、自己血の穿刺を2度やり直し、あきらめムード充満中に私の腕を手に取ってひと言。
「アトピーありますか? 顔はそうでもないですけどね」
……すんごい昔、あったのですよ。アトピー。ゆ、ゆうしゅう。けど、「ここで言う?」って思った。


Dr.S(あってるか自信ないけど):自己血2回目の時、Dr.Kの指導係だったっぽい。
ベッドに寝ている私の頭上で、S「針はコレ」K「太いですねー」
S「消毒は広めにね」K「はい」みたいなやり取りを。←これ、結構コワイです(^ ^;)
Dr.Sが母体搬送かなんかで手が離せず、通りすがりのDr.Qの出番となったのでした。


Dr.Y(麻酔科。すっごい蛇足):「先生、大丈夫ですか?」って聞ききたくなりそうなほど白くて細い。
これぞ医者って感じのDr.でした。私より病人っぽかったなぁ(失礼すぎますね)。



ここで終わろうと思ったのですが……やっぱりDr.Aにトリを飾っていただきましょう。

これは手術終了後、私がまだ手術室で深~い眠り(麻酔中)についている時のお話です。
母のもとにやってきたDr.Aは小脇にタッパを抱えていたそうです。

母:(心の中で)まさか、あの中に筋腫が入っているわけじゃないわよね。まさかね。
こんなん、でしたよね(^ ^)!?
あんなふうに持ってくるはずないもの。

はい。そのタッパの中にごっそり入っていました。さすがはDr.A。期待を裏切らない。
そして、私に筋腫の写真を撮るよう命じられていた母は

母:「写真なんて撮っちゃっていいんでしょうか?」とDr.Aに尋ねたところ
Dr.A:「自分の体の中にあったものなので、見る権利があると僕は思います」と。

至極まっとうな答えではないですか。ツッコミどころはありません。
なんでしょうね、やっぱり相手を見て、臨機応変に対応を変えているのかもしれません。

どこまでもつかめないDr.A。でも患者さんの信頼を得るのは上手なんだよな。
私はこれを“Dr.Aマジック”と呼ぶ――いえ、今思いついたんですが。

さぁて、これで私の持ちネタは尽き果てました。


2013年2月11日月曜日

入院よもやま話 ~診療明細書編~

退院時に渡されるのが「診療明細書」です。

入院・手術時に、どんな薬品がどれだけ使用されていたのか、すべて記載されています。
自分の明細書だけを眺めていても、分からないことだらけなんですが
比較対象があると、ちょっとおもしろい、かもしれません。

例えば、私は手術時間が結構かかってしまったので、いろいろと大量投入されているのです。
酸素1500リットルってヾ(^0^;)……そりゃ回復も早いよって話かもしれません。
あとは、癒着防止材が入ってた(る)んだ、と今になって知る事実だったり。
大げさな話じゃなくて、本当に4.5時間かかったんだなぁとか。

画像が粗くて見づらいかもですが、お手元にご自身の明細書をご用意の上(^ ^)、比べてみてはいかがでしょうか?


入院していたのは、2カ月も前の話。
なんだか書いていて、今更感がものすごくて心苦しいのですが
あと1編、Dr.編でも書こうかな~と思っています。お世話になったDr.いっぱいいたので。




2013年2月3日日曜日

腹腔鏡と炭酸ガスと痛みとアルコール

腹腔鏡手術では、お腹を膨らませて手術器具を動かすスペースを確保します。
その時に使われるのが「炭酸ガス」です。

術後、この炭酸ガスが体内にたまってしまうことにより、肩や横隔膜に痛みがでることがあります。
私の場合、この痛みはほぼゼロでした。その理由、なんとなく分かるんです。


遡ること十数年前――。といえば、ちょうどお酒を飲み始めたころ。
(一体何の話でしょうかね。まぁ、辛抱して聞いて……いただく価値はないような気もする)
当時、私が好んで飲んでいたのは、甘いサワーや梅酒でした(ふふ、あまっちょろい)。
たまーにビールをジョッキで数杯飲んでいたんですが、そうすると必ずある現象が。

はい、そうなんです。肩というか鎖骨のあたりが、きしむように痛くなったものでした。
笑ったりすると、その振動が響いて痛いんですねー(>_<。)
我慢できないほど激痛ではないのですが、不快には違いありません。

経験を重ねた結果、ビールを控えれば痛みの発生を抑えられるという事実につきあたり
しばらくはビール(サワー系炭酸アルコールも)を(ちょっぴり)控えていました。

そして、「きっとこの痛みは、炭酸が影響しているからに違いない」と踏んでいました。


まぁ、そんなこんなで数年経ったら、体が炭酸に慣れたらしく(!?)
ビールをジョッキでいくら飲もうが、肩に痛みがでることはなくなったのです。
そして、術後にも炭酸ガスによる痛みは出なかった……。

ウソみたいだけど、あり得ない話じゃないと思います、コレ。
飲んだくれも非難されることばっかじゃあないんですねー(ちょっと正当化)。

ちなみに、もしも術後に炭酸ガスによる痛みがでた場合、対処法は「湿布」だそうです。
効くのかな~? いや、信じる気持、大切です(゚ー゚☆

※ ※ ※ ※ ※

今週、手術を受けられる方がいらっしゃるので、ちょっと役に立ちそうな話を考えて書いてみたのですが
……今からじゃ対処できませんよね、↑これは。
もっと適切なアドバイスはと言えば、やっぱり我慢せず看護師さんに相談するのが一番だと思います!!
炭酸の痛みだけじゃなく、「なんか(体調が)怪しいなぁ~」と思ったら、早めに頼っちゃうのが正解です。
写真はイメージです。

2013年1月29日火曜日

入院よもやま話 ~ごちゃまぜ編~

入院時、私は必要最低限の物しか持っていきませんでした。
ですので、私の持ち物はあんまり参考にならないと思います。ごめんなさい。


入院時の服装ですが、退院時もそのまま同じものを着て帰ろうと思い
サスペンダー付きのウエストがゆるめのパンツを選びました。


ペットボトルストローは、私の趣味に合わず(入院なのに、おかしなこだわりです(=´Д`=)ゞ)
ワンダーフォーゲルが愛用していそうな、ウォーターバックなるものを購入するも、結局使わず。
コメントをいただき、やっぱりペットボトルストローはあると便利だと感じました。
術後、歩けるようになってからも、起き上がるのはひと苦労ですから。


パジャマは、腹腔鏡手術ならば(入院期間が短ければ)1着を着まわしでもいけるかなー。
(手術後は浴衣みたいな療養ねまきを着せられていて、術後1日目にパジャマに着替えた)
ただし、私はけっこう汗(寝汗も)をかいたので、ちょっと気持ち悪かったです。
あと、病院貸出パジャマが圧倒的多数でした。

余談ですが、お向かいの患者さん(開腹術)は、パジャマのゴム口が傷に当たって
相当痛みを訴えていました(原因はパジャマだけじゃないと思いますが)。
大きめサイズ、もしくは着慣れたものがいいかもしれません。
(と言いつつ、私はジャストサイズの新品を購入して着てたのですが……)


「どうせ1週間だし」と思い、テレビも冷蔵庫も使用しませんでした。
川崎病院は、専用カード(テレビ・冷蔵庫・洗濯機共通)を購入して使用します。
私が使用しなかったからか、冷蔵庫の電気が一定周期でついては消え、眠りの妨げになったー。


食事は、給仕のおばちゃんが運んできてくれます。
術後1~2日目は、ベッドの上にテーブルを出して(←ひとりで準備は無理)食べ
その後は、床頭台のテーブルを引き出して、ベッドに座って食べてました。
食後は、おばちゃんがトレイを回収しにきてくれますが
廊下やデイルームに運搬台があるので、自分で下げたりもしていました。


トイレと洗面台は病室の入り口にひとつずつ。不思議なもので、順番待ちはなかったです。
(頃合い、というか他の方の気配をうかがって、使用してたんですけどね ^ ^)
デイルームの前に共用のトイレがあり、そこが妙に落ち着く感じで、愛用してました。


同じ病室での出来事はいやがおうにも耳に入ってきます(笑)。カーテンは閉まっているけど。
私と同日に開腹手術を受けられたお向かいさんの、痛みを訴える声だったり
(マジメに心配したけど、自分もあんな痛みがでるんじゃないかという恐怖感もあった
)
隣の患者さんとDr.が年齢の探り合いをしているのが聞こえたり(ちょっと微笑ましいo(゚▽゚o))
各担当Dr.や看護師とのやり取りも丸分かり(私の時は、4名全員別々のDr.の担当患者)。
同室の方と偶然出くわしたら挨拶はしましたが、お話するほど仲良くはならなかったわー。


頻出単語である「床頭台」とはこの机のこと。
それにしても、散らかってますね(^ ^;)
奥に見えるスカスカの棚に荷物を詰め込む。
ある朝のご飯。色がとんじゃって、よく見えません。
元気とは言え、気合い入れて写真撮る気にはなれませんでした。
そういえば、持ち物としてデジカメ持ってきました。



2013年1月20日日曜日

入院よもやま話 ~持ち物編~

荷物をできるだけ少なくしたかったので、特に下着・衣類は必要最低限に抑えました。
(私の場合、洗濯を母に頼むことができたので助かった)
参考になる……気がしません(〃´・ω・`)ゞ

 持ち物 コメント
 洗面用具一式 タオル、洗顔石鹸、あぶら取り紙、手鏡とかもろもろ
 泡だてネット 洗顔もそうですが、傷は泡で押し洗いするのであると便利
 シャンプー、リンス 試供品でもらったやつ
 石鹸(体用) 泡立ち、大切です
 その他トイレタリー リップクリーム、目薬など。ハンドクリームは塗る間もなく退院
 歯ブラシセット 歯ブラシ用のプラスチックのコップも
 バスタオル 1枚を使いまわし。病室にかけておけば乾く
 ビニールバック シャワー室へ行く時用
 パジャマ 2セット。病院貸出のものじゃないと、いい意味で目立ってよかった
(他の患者さんと間違われにくい ^ ^)春夏用で十分過ごせる
 カップ付きキャミソール 2枚。洗ってもらって着まわし。もうちょっとあってもよかったかも
 生理用パンツ 1枚。普段使用しているもの。ゴム口が傷に当たっていたみたいだけど
特にそれで痛みが出ることはなかった
 生理用ナプキン 枚数は忘れた。1日1枚あれば足りたから5~7枚!?
 布バック 1枚。生理用品を入れておくためのバック
 腹巻きパンツ 2枚。傷には触れないし、ゆるゆるしてるし、あったかい!
 ジャージ(上着) 病棟内は暑かったので、あんまり出番なし。でもあると安心
 スリッパ ルームシューズみたいなやつ。普通のスリッパでも大丈夫な気がした
 ハンカチタオル 3枚くらい。洗ってもらって使いまわし
 ポケットティッシュ 3つ。ボックスはかさばるので。看護師さんに分かる位置に置いておくのがよい
 マグカップ デイルームでお湯をいれて、紅茶飲んでました
 ストロー 1本。マグカップとセットにして、スタンバイしとくのが正解
 ティーパック デイルームにお湯あります
 ふりかけ というか、抹茶塩(笑)。そこまで出番なかったです
 携帯型ウォーターパック ペットボトルストローの代用品。でも使わなかった(めんどくさがって)
飲み物は、その都度起き上がって飲んでました。大変だった……
 ワイヤーハンガー 2本。ただし、ロッカーに3本すでにかかっていたので出番なし
 ポシェット 財布とか貴重品入れ。最初はかけて歩いていたけど、最後は置きっ放し
 腕時計 常に時間を把握したいのであれば、置時計のほうが◎
 iPod テレビを見なかったので、イヤホンコードも短めで問題なし。
横になってテレビを見たければ、長めのイヤホンが必要です
 メガネ&メガネケース ケースがあれば、手術室までメガネをかけていくことができる
 ケータイ 病室でも使えます。本当はダメなんでしょうけど
 充電器 床頭台をはじめ、電源は3か所ほどあったような
 ノート 手帳サイズの小さいもの。日々の記録帳
 筆記用具 同意書にサインしたりするので、ボールペンはあったほうがいい
 クリアファイル プリントいっぱいもらいます
 本 2冊。術後は体勢が落ち着かないので、あんまり読む気になれず
 デジカメ(1/30追記) いっぱい写真撮ろうと思っていましたが、なぜかそんな気になれなかった。ちょっと後悔

2012年12月28日金曜日

手術から4日目、退院です

<2012年12月18日(火)>

この日もまた寝汗をかいて、熟睡できませんでした。
ただ、こうなったら住み慣れた我が家で寝ればいいや、そう割り切っていました。


前日に、「退院時間は午前中」とだけ聞かされていたので
ご飯を食べて、身支度を整えてから、荷物をまとめ始めました。

こういう動作は、本当に難なくできるようになっていました。いつの間にやらヽ(○´ω`○)ノ

Dr.Aは毎朝、外来が始まる直前、午前9時前に病室にやってきます。
その頃には、すっかり荷物をまとめ終えていました。


Dr.A:「(カーテンをあけるなり、ぐるっとあたりを見回して)退院する気まんまんだねー(笑)
何やってもいいけど、外は寒いから、風邪だけは引かないように気をつけて。
じゃぁ、来週の外来で~」


ありがとうございました、をちゃんと言う間もありませんでした。
そう言えば、Dr.QにもLにもちゃんとご挨拶できませんでした。
おふたりとも前日に病室を訪ねてくれたのに、「明日(退院日)も会えるだろう」と思っていた
(≧ω≦^)

10時頃、病棟クラークが明細書を持ってきました。
これを1階の20番窓口(入院手続きを行った場所です)に持っていき、お会計。
すると「退院許可書」を渡されるので、それを持って再び病棟へ。


明細書には、手術や入院時に使用した道具や薬剤などなどすべて記載されています。
私のように手術に時間がかかれば、それだけ使用する薬剤も増える仕組みなんだなー
ということが、非常に明確に理解できます。


看護師さんに退院許可書を渡し、リストバンドを切ってもらい
一緒に病室へ行って忘れ物がないかを確認し、晴れて退院となりました。


私の担当看護師Kさんも、この日はお休みでご挨拶ができず。残念です。

病院内が暑すぎて、「早く外の風に当たりたいー」と思っていたので
院外に出た時は、とっても気持ち良かったです。


「院内を歩くのと、外を歩くのとでは感覚が違うよ」と教えてもらっていましたが
アスファルトの上を歩くと傷に響く、ということはありませんでした。
術前と変わったなぁと思ったのは、靴がブカブカになっていたこと(体重減った!?)。
パンツ(ゆったりしたサスペンダーつきパンツ)は、まだお腹がポッコリしていたので、ゆるくなった感じはなかったです。
このポッコリは、お腹の中に血が溜まっているため(自然に吸収されるby Dr.A)、

そしてお腹の中のいろんな部位がまだちょっと腫れているためだと思われます。

ナースコールは、術後初めてのトイレに付き添ってもらった1回だけ。
痛み止めを含めた薬剤の処方はゼロ(下剤は有無を言わさず飲まされましたが)。

唯一「うーん」と思ったのは、一度も熟睡できなかったこと。
でもでも、とっても優秀なDr.と看護師さんに支えられた入院生活でした。


入院&手術費用:8万8000円ほど(後ほど詳細金額UPします)

2012年12月27日木曜日

手術から3日目、マジメにすごいよ、Dr.A

<2012年12月17日(月)>

「退院される方へ」そう銘うたれた用紙(計2枚)には
退院後の生活で気をつけるべきこと、たとえば、「重いものを持つな」とか
「こういう症状(発熱とか出血とか)が出た場合は受診しましょう」だとか、そんなことが書かれています。


月曜日(退院前日)の朝、看護師Kさんが項目に沿って丁寧に説明してくれました。
そして、重要項目にはマーカーも。ただ……


Kさん:「そこには“バイク(自転車)は4週間後から”って書いてあるけど
Dr.Aは“乗っていいよ~”って言っちゃうから(笑)、特にマーカーは引いてません
」


だって。あはは、Dr.Aらしい(やっぱりKさんは、Dr.Aのこと良く分かってるみたい)。
しかしですね、これで驚くのはまだ早い。

退院前診察(内診&エコー)を終えた私にDr.Aは言いました。
(↑Dr.Aの外来が終わった14:30ごろでした。10階の処置室で行います。とっても寒々しい場所)

Dr.A:「何やってもいいから。お風呂も入っていいよ。でも、無理はしないでね」

「退院される方へ」の注意事項って一体なんなの? 教えてDr.A。
まぁ、せっかくなので私はDr.Aに従うことに決めました。何やってもいーんです。



そして私は核心(!?)に踏み込みます。

私:「先生、リュープリン4回目って効いてたんですか?」

Dr.A:「うーん、あんまり効いてなかった。
実は(変な間)……今だから言っちゃうけど、これまでで一番大きかった(!!!!)。
でもまぁ無事に終わったから」


私:「ふふ(力なくもう笑うしかない)、ありがとうございましたー」


なんとまぁ、百戦錬磨のDr.Aにとっても未知のサイズだったか、私の筋腫はΣ(°д°lll)
っていうか、私の「小さくなってるかも」って感覚はなんだったの!?
小さくなれって思いが強すぎて、幻覚でも引き起こしていたのかー??

(↑ちょっと思い当たるフシはあるんですが……)

しかし、よくぞそれで開腹に切り替えなかったなぁ、Dr.A。やっぱり感謝してもしきれない。
でも、これってもう怖いものナシじゃないですかね? スゴ腕Dr.Aは一体どこまで進化するのやら。


ただひとつ、Dr.Aが私の傷を確認した際
「ここ(お腹の左側、2cmほどの傷)は大きくなっちゃってごめんねー」と
ちょっぴり残念(もちろん心配もしてくれています)がっているように感じました
(*´ω`*)

いやいや、全然問題ない。腹腔鏡で終えてくれただけで、私は十分満足です。

2012年12月25日火曜日

手術から2日目、劇的回復

<2012年12月16日(日)>

体全体が熱く、ドキドキ(動悸)も止まらない。
「ナースコールして相談してみようか」何度も迷いましたが、どうにか眠るように努力してみよう……
そうこうして気付いた(目が覚めた)時には、病室の電気がついていました。


6:30 看護師Tさんがやってきて朝の検温です。37.1℃とだいぶ熱が下がってきました。
(昨晩は36.9℃だったので、ちょっぴり上がっていますが)
「体がべたべたするー」と訴えてみたら、温かいタオルを持ってきてくれました(Tさん、デキます)


トイレに行ったところ、微量の出血。ずっと生理がないので、久しぶりの感覚です(マズい?)。

昨日と体の感覚が全然違ったので、その勢いで10階を歩いてみたところ、1周クリア!!
術後2日でこうも違うものか……と我ながら感心してしまいました(腹腔鏡おそるべし)。
ただ、お腹の傷をかばうので、前かがみ(腰が曲がった)状態でしか歩けません。


8:45 朝ご飯(まだおかゆだったと思う)を2/3たいらげる。

10:30 10階をぐるぐる5周くらいして病室へ戻ると、お向かいからDr.Aっぽい声が。
と思ったらDr.A登場(手術着……ってことは当直だったのかな?)。


背中から入れている麻酔を取ります。これが取れるとシャワーがOKになる。

「テープをはがすのが痛いんだ」と、まず右肩に留まっていたチューブとテープをはがしてもらう。
そんなところに付いてたなんて、全然気付かなかった私。ニブイですね。

「ちょっとブラジャーに絡まっちゃって……」というDr.Aの発言が、なんだかかわいらしい(○´ω`○)
Dr.Aは痛いと言ってましたが、テープも針を抜くのも痛みはなかったです。


背中からピッと針を抜いた時、「おーい、これ背中拭いてあげて」とDr.A。
「汗でベタついてたかー」と恥ずかしかったのですが、どうやら針を抜いた時に血が出た模様。
くどいようですが、それでも痛みは全然なかったです。ニブイ!?


12:00 お昼(常食)を初めて完食。ぐんぐん元気になっています。
お昼前後に、看護師さんに傷口に貼ってあった保護テープを取ってもらう。


昨日とは打って変わって快活な姿に、母親もびっくりしていました。

16:30 術後、初のシャワーです。
冬といえども病室は(私には)暑いので、べたべたを洗い流せたのがものすごく快適。


傷口の具合は、ボコっとしていて触れると痛いです。
そしてお腹も全体的にぽっこりしています(左側がよりぽっこりしていて不均一)。
看護師さんの話では「傷口は小さくても、中は結構いじっているから」とのこと。納得。
傷口はせっけんの泡で、押し洗いしました。


19:00 夕食後、看護師Kさんに洗った傷口を診てもらうと
おへその中に血が固まっているので、もうちょっとよく泡で洗うように言われる。不器用ですね(^ ^;)


20:00 背中の麻酔が外れた(終わった)ので、痛みがでないか心配でしたが、まったくなし。
ここまで1度も痛み止めの処方がなく、看護師さんもビックリしていました。やっぱりニブイのか!?

ただ、食事もとれているし、ガスも便もちゃんと出ているので、「非常に順調(な回復具合)だね」とほめ(?)られる。
腹腔鏡手術後は、腸の動きを活発化させることが、回復への近道な気がします。
(看護師さんたちからも、これ↑はすごくよく言われる)

体調は悪くないけれど、寝ているほうがラクなので、ベッドで読書をして過ごす。

21:30 今夜こそぐっすり眠れる……と思ったのですが、甘かった。
なぜだか、ものすごい寝汗で(首元と太もものあたり)、夜中に目覚めるとぐっしょり濡れています。
替えのパジャマ(あって良かった)に着替え、再び眠りに入るのですが
2~3時間ごとに、濡れているのが不快で目を覚まし、着替えて……の繰り返し。
でも、傷が痛いとか、気持ち悪いとかではなかったので、我慢できました。


普段はめったに寝汗をかきません。湿ってるではなく、濡れていたので、本当にびっくり。
これも傷を治すために体の代謝が上がっているせいなのかでしょうか……。


翌朝、看護師Kさんに相談したところ、「シーツのせいかも」と言われました。
汚れ防止のために、ベッドに敷いてあった防水シーツを取ることでひとまず対処しました。

 

メリークリスマス、ですね♪

2012年12月23日日曜日

手術から1日経過、一番つらい日

<2012年12月15日(土)>

うとうとしては目を覚まし、自分の体の状態を確認し、またうとうと……
そんなくり返しで、どうやら夜を越したようです。
体にいろんなものがついているので、決して快適ではない
けれども、お腹やどこかがすごく痛いとか、気持ち悪いとか、そういう状況でもなかった。


気管にチューブを挿入したからなのか、のどがイガイガして痰が詰まった感じがあったけど
看護師さんに手伝ってもらい、口の中をゆすいだら、スッキリした。
(↑コップとストローは看護師さんに分かりやすい位置にセットしておくこと)


朝方 看護師さんから「そろそろお水飲んでみようか」と言われたのですが
お水を買い置きしておくのを忘れた私(/ω\)
看護師さんにお金を渡して、デイルームまで買いに走らせる羽目になりました。
「少しずつねー」と言われたけれど、ふた口飲むのがやっと。体が欲しない。


この時気付いたのですが、下くちびるの裏側が切れていて、その外側がかなり腫れていた。
気管チューブを抜いた時にできたのだと思う。


8:00~9:00? カーテンの外からDr.Aの呼び掛ける声が聞こえます。
でもお腹に力が入らず、弱り切っていて、うまく声が出ません。


Dr.A:「いやー、カゼぶり返しちゃったよー。
大きいのともう1個の、全部とったから。今ちょっと貧血にはなってるよ。
今日はご飯いっぱい食べて、いっぱい歩いてね。ご飯食べられそう?
そうだ、お腹の左側(筋腫の取り出し口)は2cmくらい切ったから痛みが出るかも。
痛かったら痛み止めもらってね~。じゃあね~」


まだまだぼ~っとしてたので、記憶がくっきりクリアーってわけじゃないですけど
Dr.Aは開口一番「カゼがぶり返した」と言ったのでした。術後で弱っている私に向かって。
まぁ、「どんなに大変な手術だったか」を如実に物語る言葉ではあるんですが。
っていうか、風邪っぴきだったのかDr.A。そんなの私は知らなかったし。


10:00? 「尿カテを抜くのは歩けるようになってから」と聞いていたのですが
看護師さんがやってきて、「もう全部取って、着替えましょう」とおっしゃる。
温タオルで全身を拭いてもらい、陰部も洗ってもらい(恥ずかしいなんて感じる余裕はないです)
点滴、足のマッサージ器、尿カテを全部はずして、パンツ&パジャマに着替えさせてもらう。スッキリー。


尿カテを取ったので、「トイレまで歩いてみましょう」とうながされ
看護師さんに支えてもらい、なんとか立ちあがってみる(お腹に力をいれれば痛い)。
自分では平衡を保っているつもりだったけど、相当ふらふらで看護師さんも支えきれず。
「今はちょっと無理だね、戻ろう。次トイレに行く時は、必ずナースコールしてね」
わずか5mほどの距離なのに……
(´∩`。)

11:00? Dr.Qがやってきました。

Dr.Q:「昨日手術室に入らせてもらったんですけど、無事、腹腔鏡で終わりました。さすがDr.Aってところですね。
貧血なんですが、Hb値が9です。点滴もしているので薄まっちゃってます。
普通は10あればいいけど、もともと12あったのでフラフラするかもしれません。
でも薬を飲む必要はないと思います」


お昼ご飯の前にトイレに行ってみました。看護師さんに支えてもらって、なんとかクリア!
ナプキンにはちょこっと血がついていて、尿にも血が沈んでいるように見えた。


12:00? 全粥のお昼でした。1/3ほどがんばって食べたけど、もういらない。
それと、食べて胃が大きくなると苦しくなるような気配がしたので、残しました。
なんとなく横隔膜がせりあがってピキピキする感覚。痛いのか痛くないのか分からない。


お昼を食べたら、なんだか眠くなってきたので寝ました。これもうつらうつらだったけど。

15:00  「そろそろ歩いてみるか」と思い立ち、まずは体を起してベッドに腰掛ける。
お腹に力を入れれば(特に左側が)痛いし、体が恐ろしく言うことをきかない。
看護師Kさんからは、「今日の目標は10階を10周ね」と言われたけどさぁ……。


なんとか病室を出て、手すりをつたって一歩ずつ踏み出してみました。
でも20mほど進んだら、「わー、脳貧血っぽい!!」とすぐさまベッドへ引き返して寝ました。
この時は、このまま無理してたら倒れてた自信あります。まったく歩ける気がしません。


18:00 夕食も全粥でした。記憶が確かならば、「夕飯から常食だから」とDr.Aは言ってた気がするけど。
ほうれん草とレバーの増血メニューだった。おかゆ以外はなんとか押し込む。

余談ですが、病院食のご飯の量は減らしてもらうことができます。
デフォルトは200gですが、私は150gに。牛乳もヨーグルトに変更してもらった。


ご飯を食べたら、ものすごく動悸が激しくなってしまいました。苦しい。
左肩のあたりも何となくだけど、「痛いのかな」って感じです。そして、体全体がとっても熱い。


どんな体勢がラクなのかを探るため、ベッドの上げ下げを繰り返してた。
この時は、まっすぐ平らな状態では傷がひきつる感覚があったので
上半身を起したような角度が良かった……というかマシだった。


夕食前後にも歩く練習。だいぶ進めるようになったけど、往復で100mが精いっぱい。

21:30 動悸は治まらず、じっとり汗ばむほど熱かったので、アイスノンをもらう。
「熱が上がってきたのかも」と言われるが、36.9℃で問題なし。
(これまで37℃後半の熱がずっと続いていたので氷枕だった)


そのままドキドキが止まらず、じっとり熱くて、全然眠れなかった。
実は、寝ているよりも立っているほうがラクちんで、無駄に起き上がっては

(そのたびに傷に力が入って痛いけど、一番痛みが少ない起き上がり方が分かるようになった)
ベッド脇をうろうろしたり、トイレに3回も行ったり、本当に落ち着かなかった(^ ^;)。


これは後から思い返して、そんな気がするんですが、
この時、私の体は傷を治そうと代謝をMAXフル回転に稼働させてたんじゃないかと思うんです。
だって、浅ーい眠りから目覚めたら、ウソのように体が軽かったもの。



2012年12月22日土曜日

麻酔と手術室での様子

<2012年12月14日(金) 討ち入り【2】>


Kさんが重大な忘れ物をしてしまったらしく(^ ^)、「ちょっと待っててね」と言われ、イスに座っていると
(↑こういう感じだったので、本当に緊張って感じではなかった ^ ^)
手術室看護師2名と、麻酔科Dr.Yがやってきました。

 昨晩は良く眠れたか、今の体調、そして婦人科の手術で間違いないかを看護師さんが確認。
そして、今着ているもの(パジャマとか下着の枚数)チェックもします(手術後にまとめて返ってくる)。

と、そこへ通りかかったのはDr.A(青い手術着姿)。
立ち止り一瞥し(私がメガネだったので、一瞬分からなかった感じ)
「よろしくね~」(か、かるい)と言い残し、去っていきました。無精ひげver.だった。

Kさんが戻ってきて、患者IDの確認などをして、いざ手術室へ。
手術室看護師さんに連れられ、一番奥の9番へ入室。なんだか入り組んだ建物構造です。

手術室看護師さんは、ものすごく穏やか&無駄のない動きで、安心感が半端ない。

明るい室内をきょろきょろすると、Dr.Qが私のMRIを見ています。立ち会うのかな?

 
①ステップを登って手術台に腰掛け(手術台は結構高い)、上に着ているものを脱ぐ
すると、目の前でDr.AがBGMのCD選択をしてる……。っぽいなぁ~( ´ 艸`)
こんな観察しておいて人のこと言えませんが、Dr.Aって緊張することあるのかな?

②手術台の上に横になると、麻酔科Dr.Mがやってきました。ネックレスがちゃらちゃら

③麻酔科Dr.Yが「麻酔(静脈麻酔)入れます」と、点滴の管からなにやら注入

④Dr.Aが「先生、もう自己血いれちゃって」と言っている
(注射痕がどこにもないけど、自己血ってどこから入れるのでしょう?)

⑤左側を下にして、背中を丸めるように指示。目線はおへそへ
背後でDr.Mが透明のビニールシートみたいなものを背中に貼りつけて、ガサゴソしている感じがするのですが
私にはどんな施術を行っているのか、まったく分からない。
(↑硬膜外麻酔のため、注射針を背中から入れているんですが)

実はこの時すでに、脳貧血に近いというか、耳が遠いというか、ふわふわ感がありました。
そして手術室看護師さんが、ずーっと私の両手を握っていてくれて、なーんにも心配いらなかった。

⑥痛みも衝撃もまったくゼロで、硬膜外麻酔の処置が終わったようで、あお向けになって……
そこから記憶がございません。


手術担当者全員から自己紹介がある場合もあるみたいですが、なかったです、私の場合。
っていうか、麻酔の効きが良すぎたのかな??
それとも、バタバタしていたから、そんなヒマなかった??

というわけで、どのDr.が立ち会ってくれたのか、知らぬまま手術を終えました。
(術後、Dr.QとLが「立ち会いました」とあいさつにきてくれましたが
これで全員なのかどうか、いまだに分かりません ^ ^;)

意識が途切れるまで、下の着衣はつけたままでした。
手術開始時間は11時ちょうど、だと聞いています。

ここから麻酔が切れる時間も含め4.5時間、Dr.Aの大捕物は続きます(・ω・ノノ"☆(・ω・ノノ"☆(・ω・ノノ"☆

2012年12月20日木曜日

手術当日 とっても私らしい

<2012年12月14日 討ち入り当日【1】>

6:30 看護師Iさんから「9時くらいには点滴を入れる」こと
そして指輪、マニキュアなどなどなどなど身につけていないかどうかを確認される。
「しつこくてごめんなさいね~」と言われたのを笑顔で受け流しつつ、「もうちょっと寝たいかも」と思ってた。


この点滴というのは、手術後まで一切水分をとれないので、脱水症状を防ぐためのもの。
手術を控えた患者はみんな点滴します。


7:00 朝ご飯はナシなので、ヒマです。
デイルームに行き、『告白』を読了。おもしろかったので一気に読んじゃいました。
そして、昨晩下剤を飲んだわけですが、ぜんぜん変わった様子はありません。
もうしわけ程度に出しましたが、達成感はない
(*^.^*) 

9:00 私の担当看護師であるKさんと初対面。とーっても感じのいい方です。
「点滴は10時ごろになりますよー」と教えてもらいました。


10:00 「点滴をするので、処置室に来てください」と看護師さんが呼びに来てくれました。
でも、処置室が分からなかったので、お向かいさんと一緒に連れていってもらう。


点滴を入れてくれるのは、見知らぬ若い女医さんでした。Dr.いっぱいいますね。
利き腕とは反対側、左腕の手首より(肘の内側じゃないです)につけられました。
これ以降、点滴と一緒にガラガラと移動しなければなりません。うーん、病人っぽい。


処置室から病室に戻ろうか、というまさにその時

看護師Kさん:「前の手術がキャンセルになっちゃったらしく、ご家族が到着され次第
手術を開始
したいとDr.Aが言ってるんだけど、いつ頃来るかしら?」


なんという展開でしょう。でも、「このドタバタ感、私っぽいなぁ」と思いました。
そして、母には「12時に来ればいい」と伝えていたのですが、点滴処置が終わった直後に現れたのでした。


10:30 いきなり「スグ手術」になっちゃったので、看護師Kさんも慌てている様子。
足の甲の動脈にマジックでバッテン印をつけられ、お尻に床ずれ防止オイルを塗ってもらい
私(点滴付き)、看護師Kさん(とストレッチャー)、母の3人でエレベーターに乗って5階手術室へ。


Kさん:「Dr.Aはよほどのことがない限り開腹にはしないですよー。筋腫は何cmって言われてるの?
そう言えば、同じ漢字名(でも読みが違う)の患者さんが1か月前にいらっしゃったんですよ」


これ以降も感じることですが、看護師KさんはDr.Aのことをとっても良く分かっている印象でした。
頻繁にDr.Aの担当患者さんを受け持つのかもしれませんね。

……みたいなことを話していると、手術室前に到着。母とはここでお別れです。


なんだか、無駄に長くてすみません。
次回、いよいよDr.Aの登場です(って何のフリですかね?)。

2012年12月19日水曜日

初めての入院は……ヒマです

<2012年12月13日(木)>

11/20の手術説明時には、8階北病棟(説明用紙には“比較的短期利用の患者向け”とある)に入院予定でした。
しかし、12日(水)の午後、病院からTELがきて、「10階南病棟でご用意しました」と変更に。
「もしかして、開腹の可能性があるからなのか……」と変に勘ぐってしまいました。


手術前日となる13日の午後、1階の受付で入院手続き。ひとりで行きました。

本当はここで、健康保険限度額適用認定証(入院冊子の最後のページと診察券も)を提示するのですが、
弊社の保険担当が良く分かっていなかったらしく、私が持っていたのは「認定証の申請用紙」であることが判明。
正直イラっとしながらも、保険組合に電話をしたところ、すぐに発行してくれるとのこと。
出だしからこれでは、先が思いやられますね┐(○`ε´○)┌  


10階南病棟の担当クラークがお迎えに来てくれるので、一緒に10階へ向かいます。
到着後、まず身長と体重を測定。……なんか、体重が1kgほど増えてるんですけど。
おっかしいなぁ、パンツは確実にゆるくなってるのに、なんでだろう??

デイルームとシャワールームを見て回り、その後「こちらが病室になります」と案内されました。
予想はしていたけど通路側でした。
4人部屋ですが、他のベッドは軒並みカーテンを閉め切られていて様子はまったく分からない。

正直な感想を申し上げちゃいますけど、ものっすごく閉鎖的で息苦しいほど。


「荷物を全部出すと、退院時に片づけるのも大変だ」と、面倒くさがりやの私は(;^ω^A
服をハンガーにかけて、必要最低限のもの(コップと本)を床頭台(勉強机みたいな棚)の上に配置して終了。


15:00 看護師Sさんがやってきて、着替えを済ますよう言われるので、持参したパジャマに。
※病室に案内してくれたクラークが、貸出パジャマが必要かどうか確認してくれます

15:30 再びSさんが来て、簡単な問診と聴診器を使って外側から筋腫を確認。
「これかな? 結構大きいねー(←また言われた)」
剃毛とおへそ掃除のチェックをしてもらい(どちらもOKもらった)、採血もする。

「手術開始時間は13時からの予定です。ご家族の方は1時間前には来てもらうよう、お願いします」
そうか、手術は午後からかぁ。なんとなく朝イチかなぁって思ってたのですが。


ものっすごいヒマなので、デイルームへ。
誰でも利用できる図書棚があり、『告白(湊かなえ)』を発見。読むことにする。
それでもヒマなので、シャワーを浴びてみる。3つのブースに仕切られていて、水圧が強めで気持ちいい。


17:30 麻酔科のDr.が2名やってきました(Sさんからは「16時ころ」って聞いてましたが)。
「明日は別の者が担当します」と言い残し、Dr.Sは去っていきました。
残ったやや若いDr.Yが、「硬膜外麻酔の前から点滴で麻酔を入れること」
そしてこれまでの病歴を聞かれ、口を開けたり、首を後ろにそらしたりして、同意書にサインして終了。

17:40 自己血2回目を担当してくれた、研修医Kが登場(予期せぬ訪問にびっくり)。
研修医K:「手術がすっごいうまい先生(Dr.Aね)なんですけど、でも出血はします」とのこと。
なんでも、子宮は“血の臓器”って言うほどで、特に核出の場合の出血はものすごいらしい。

18:15 夕食。ご飯200gは多いですね。

19:00~ 閉鎖的な病室が(早くも)ダメで、デイルームでずぅっと読書。
20時だというのに、だ~れもいません。なんだか別世界にやってきた気分です。

21:30 夜担当の看護師Iさんから下剤2つぶをもらい、それを飲んで絶飲食。

22:00 消灯……いびき(スミマセン)とか、声が混じった寝息、咳……気になるものですね。
寝たり、目を覚ましたり、寝たんだか寝てないんだか、そんな夜でした。

この日、Dr.Aは他院でオペのため、お姿を拝見することはありませんでした(笑)
特に緊張はなく……でした。

2012年12月18日火曜日

ただいまです、退院しました<手術当日の様子>

<2012年12月14日(金)15時30分ごろ>

Dr.A:「腹腔鏡で全部終わったよ」

Dr.Aのこの言葉で、私は麻酔から覚めました。
ぼーっとしながらも、「やっぱりDr.Aやるなぁ」と思いました。
お腹に意識を集中させてみたのですが、「へこんだ……かな?」とイマイチ実感はなし。
それよりも、おシモのあたりがちょっぴり痛いなぁと感じていました。
(↑のちに、尿導カテーテルのせいだと判明する)

ストレッチャーに乗せられて病室へ戻りがてら、看護師のKさん(ものっすごく良い方でした)から聞かされたのは
時間は4.5時間かかり、出血は1300ml (´°Д °`)あったけれど自己血のみで賄い、追加輸血はなし。
開腹することなく、腹腔鏡ですべて取り除いた、ということでした。

※ ※ ※ ※ ※

病室に戻ってくると、肩がガタガタいっています。
「シバリングしてますね。すぐに電気毛布入れますねー」と、素早い対処がなされ
うつらうつらしつつ、自分の状況を確認してみると……
足には自動ポンプ(血栓防止)、パンツではなくT字帯(オムツみたい)、尿導カテーテルに
酸素マスク(苦しい)と手術前から入れている点滴です。

寝返りを打てといわれても、下手に動いて尿導カテーテルが外れたらどうしよう、とか
T字帯がなんとも心もとなくて、ズレたらヤだなぁ、と考えていました。
ですが、やっぱり同じ体勢は苦しいので、楽な姿勢を探してもぞもぞしていると
ちょっと尿カテがズレた感覚があり、「ヤバっ」と思ったのですが、
これ、正解でした。ズレたことにより、ちょっとあった違和感が消えました (*´∇`*)

病室に到着して30分ほどで、Dr.Lが様子を診にきてくれました。手術に立ち会ってくれたそうです。

Dr.L:「血圧(88/60)がちょっと低めですねー。酸素マスクは21時までしましょうねー。
出血は……うん、このくらいなら大丈夫でしょう」

あとで看護師さんに言われたのですが、この酸素マスクをちゃんとつけていると
回復の度合いがかなり変わってくるのだとか。苦しいけど、ちゃんとしてるといいことあります!

こんな感じで、手術当日の夜は更けていくのでしたー。

※ ※ ※ ※ ※

励ましのコメントをくださった皆様、ありがとうございました。
確認は退院後、と、なんとも申し訳ない形になってしまったのですが
予定通り、無事に退院しましたことをご報告します!

入院生活中のできごとなどなど、随時アップしていく予定ですので
お暇な時にでものぞいてみてくださいねー。
あ、私、結構元気です ヾ(°∇ °o)ノ